20歳エジプト紀行5 [バフレイヤ・オアシス、白砂漠 後編]9月6日

 

 

 

 

深い眠りから目が覚めて視界がボヤけたまま最初に見たのは、やたら高くて遠い天井だった。
そして次に見たのは、誰も寝てないシングルベッド2台。
そこからあたりを見渡すと、微かに日が差し込む窓が一つ。外からは、何処からともなく車の走行音とクラクションが聞こえてくる。吹き込む風が乾いていて涼しい。

ん〜どこだここ。

そんな中、唯一ここが夢の中ではないと気づかせてくれたのは、枕元に転がってた見慣れたiPhone5Sの待ち受け画面だった。

うお〜、どんだけ早起きしてんだ?
ああ、そうだ。エジプトに来てたんだった。

 

 

a.m 05:40 起床

 

 

こうしちゃいられない! 今日はアリに頼んだツアーで白砂漠に行くんだ!
いつもならギリギリまで寝てるところだけど、今日ばっかりは掛け布団をふっ飛ばして、猛スピードで荷物をバックパックに突っ込み、颯爽とゲストハウスを飛び出した。
ほとんど誰とも喋ってねえけど、世話になりゃーした!

 

 

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↑ ゲストハウス近くの大きなT字路。

 

集合場所に着くと、そこにはすでに見慣れた銀のセダンにもたれてコーヒーを飲むアリがいた。今日も頭がピッカピカだ。

「おはよう。早いね〜。まだ集合時間になってないのに。」

アリ「俺はいつも20分前行動さ。」

はっは、さすがだ。抜かりない。
ツアーの代金は昨日既に支払っているので、当日バックレられるみたいなことがあっても何ら不思議じゃなかったが、どうやら俺が信じた相手は間違ってなかったようだった。

 

 

a.m 8:30

ゲストハウスから1時間ほどで到着したのは少し薄暗くて埃っぽい高架下の駐車場。
そこを歩いて少し奥に進んだところでアリは立ち止まり、フロントグリルが金色に塗装された白のバンを指差してこう言った。

 

 アリ「これに乗るんだ。」

「あ、そうか。アリとはここでお別れなんだっけ?。」

アリ「そうだ。何かあったら俺のケータイに電話しろよ?バウーディからツアー開始だぞ?そこで良いドライバーが待ってるから。」

「おう!わかった!色々とありがとう。」

アリ「おう。ちなみに、たった今から、明日の夕方ここへ帰って来るまでに会う人たちは皆んな英語がまともに喋れないからな。まあ、あとは幸運を祈るよ。帰ってきたらまた会おうぜ。」

彼はそう言い残して俺と固い握手をガッチリ交わすと、サングラスを外して爽やかにウィンクし、その場を去って行った。

 じゃあな〜アリ〜...

 

 

 

…いや、どこだよここ(笑)

いくら見渡しても外国人は俺だけ。そして案の定、みんな物珍しげにこっちを凝視してくる。なかなか慣れねえな〜これ。
いやてか、ポケットWi-Fi持ってきてないから困ってもアリのケータイに電話なんかかけられるわけないじゃん!

いやー困ったなー。けど、これを逃したら白砂漠いけないしなあ。
まあ細かいことはいいや。とりあえず乗ろう。

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誰も乗ってないバンに乗り込み、とりあえず1番後ろの座席にバックパックを置いて、浅く腰を下ろす。乗ったはいいが、警戒は怠らない。
するとそこに、黒いガラビアで両目以外の全身を覆った女性が、それはそれは天使のような小さい赤ちゃんを抱えて乗車して来た。

(アハ〜〜。なんだこいつ〜〜〜。ちいせぇな〜〜。)

(これならオアシスまでの道のりがどんだけ長くても全然良いや〜〜〜。)

なんて思ったのもつかの間。
直後に白のガラビアを纏った40歳前後くらいの大髭のおじさんたちがそれぞれ大荷物でぞろぞろと乗りこんできて、車内は少し呼吸がしづらいほどのすし詰め状態になり、その小さな天使ちゃんはやがて見えなくなってしまった。くそったれぃ!

 

乗客が揃って出発した、大勢のエジプシャンと一人の日本人を乗せた満員のバンは、ガタガタ揺れながら砂漠をめざして郊外を走る。
さっきアリに言われた通り、今このバスには英語を話せる人はいないのだろう。たとえいたとしても、そもそもこのバスの中には誰かと楽しくおしゃべりするような人は一人も居なそうだ。皆んな仏頂面で、誰一人として口を開く者はいなかった。しかしそれはある意味、このバスが旅行・観光とは一切関係のない完全なローカルなバスであることを証明していた。乗っているのは、個人的に都会からオアシスに帰る人か、用があってオアシスに出る人。団体性のかけらも無いそんなバスに乗っかって、誰にも邪魔されず窓から外を眺められているというだけで、俺は心が十分に満たされて幸せだった。

 

 

 

 

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ギラギラの太陽の下で道路に沿ってずーっと同じマンションが林立する。ちらほら洗濯物が見えるが、基本的には人が住んでいる気配を全く感じない。

 

 

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建物が減ってきた。代わりに砂が増えてきた。
砂漠に近づくにつれて、道沿いの植木にどんどん枯れ木が増えていき、ついには黒焦げになって倒れているものもあった。ここは都市と砂漠のニュートラルゾーンだ。

 

そして、、

 

 

 

 

 

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ウヒョ〜〜。

 

 

車内にいるのに悠久の風の音が聞こえて来るような気がする。そしてどこまでも続く砂漠と、雲ひとつ無い澄み切った空の境界線が蜃気楼で歪む。
そんな感じでボケーっと砂漠を眺めていると、砂だらけの景観に1つ白いビニール袋が現れた。それは貨物用のレールの上で風に乗り楽しく踊るように宙を舞っていた。まるでそいつが生きているように見えるのは、ここではほとんど生命の気配を感じないからだろうか。

カイロ到着時点で、既に遠く離れたところまで来たなぁと思っていたが、2日目にしてそれどころではない、どこかもっと遠くの世界の果てに足を踏み入れているような感覚になっていた。

 

約3時間ほど走った地点で広大な砂漠の真ん中にポツンと佇む建物が現れ、バンはそこで停車した。どうやらここはサービスエリアみたいな場所らしい。
次の出発時間を知らされぬまま降りるのは色々不安だったが、心をくすぐる冒険心を抑えきれず、貴重品だけ持ってバンを降りた。
そしてついに、全方位に砂だけが広がるサハラのど真ん中を自分の両足で踏みつけた。

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正直、この時なにを思っていたか鮮明に思い出せない。
しかし、この瞬間から俺の心は完全にサハラ砂漠に奪われてしまった。
理由はただ一つ。

こんなもの見たことなかったからだ!

 

静寂の中でけたたましく鳴り響くクラクションの合図で再びバンに戻る。

 

そこから頭がぼーっとしたまま、もうどれくらい走ったかわからないが、気がついたらバンは緑の生い茂るいかにもオアシスな様子のちらほら人の気配のする大きな集落のような場所に入っていた。
左右もわからぬままここに至ったので、カイロのように看板も建っていないここが本当にバフレイアなのかはわからなかったが、人気も建物もない通りでバンは停車し、唐突に俺だけ運転手に「降りろ」と指示された。
どこを探してもドライバーは見当たらないが、一度降りろと言われたバスに乗り続けてもしょうがないので、黙って降りることに。俺が降りるやいなや、ドアは勢いよく閉められ、バンは走り出す。

ああまじか…。こんなことあんのかよ…。
どうすんだこれ。スマホも電波ないし。あれ?もしかしてこれ遭難?

とか思いながら、少し泣きそうになりながら走り去るバンを虚ろな目で追っていると、なんとその対向車線から猛スピードでこっちに走って来るトヨタ4WDが現れた。運転席には真っ白な歯をした笑顔のにいちゃん。こっちにクラクションを鳴らして来た。

ああ良かった!!!

 

 

降りて来た彼にアラビア語で挨拶し、握手とハグを交わすと、白砂漠へ向かう前に、まず彼の自宅でランチをふるまってくれるとの旨を拙い英語で説明してくれた。
広大なオアシスを20分ほど駆け抜けて到着した彼の自宅は、オアシスの端っこにあり、中東でよく見かけそうな簡易的で小さなレンガ造の建物だった。
うおー本当に家でランチするのか。嬉しいけど、工程的に昼飯抜きで早く白砂漠に向かいたいんだけどなー。
なんて思いながら、断るわけにもいかず建物の1室に上がらせてもらうと、部屋の奥にポツンと置いてあるテーブルを指差して、
「座って。いま料理持ってくるから。」
と言われ、1人で部屋に残された。
部屋は天井が高くて、家具は机のみ、床には絨毯を敷いただけというこれまた期待を裏切らない内観。

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座ってじっと待っていると、写真右奥のドアから、背筋をピンと張った可愛らしい女の子と、その子の後ろに恥ずかしそうに隠れながらついてくる男の子がひょっこり現れ、とても丁寧にペットボトル水と料理を次々と運んできてくれた。わお!超美味そうじゃんか!

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写真では伝わりづらいけど、かなりの量だ。それに加え、熱気のこもったバスでの長旅に、一時的に軽くバテ気味であまり食欲が無いときた。食いきれるかな〜。

そんな感じで、独り黙々と飯と奮闘していると、気づいたらさっきご飯を運んで来てくれた子供2人がドアから顔だけ出してモジモジしながらこちらを覗いていた。

あんまりにもそれが愛おしすぎたので、おいで〜と手招きしてみたら、ニコっと笑って恥ずかしそうに向こうの部屋に引っ込んでしまった。

あ〜こりゃどうせまた来るな〜。と思いながらトマトを口に運んで、顔をあげたらもう既にまた同じ位置でこっちを覗いていた。笑

このやりとりを何度か繰り返している内に彼らとの距離はだんだん縮まって、気がついたらスマホのカメラで変な写真を撮って一緒に遊んでいた。

やはり子供の持つパワーはすごい。この旅だけでも彼らの無垢純粋な笑顔に何度救われたことか。

多分もう会うことはないんだろうけど、そんでもって俺のことはすぐ忘れるんだろうけど、2人のこれからがとびきり幸せな未来でありますように。

 

 

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一瞬だけ行き先が白砂漠であることを忘れていた。
しかし、ここからノンストップで怒涛の冒険が始まることなど、この時に予想できたはずがない。

 

 

 

   

(続く)