20歳エジプト紀行2 [1日目 前編]
[カイロ、ギザ編]
9月5日
地球の影をつくった一本の筋の下に、日の出を待つカイロの街は現れた。
地上には街灯と車のライトによる無数の光の線が網状に広がる。寸分の狂いない原寸大のその地図を見ながら、俺は一体どの道を辿ることになるんだろうなんて想像してみる。
ちなみに着陸直前まで来ても予定はまだ何も決めていない。その時その時、きっと足が勝手に動いてくれる。はず。
そうして約12時間ほど空を飛び続けたエジプト航空は、一気に飛び上がった12時間前がまるで嘘だったかのように、ゆっくりゆっくり高度を落としていった。
9月5日 朝5時40分 カイロ到着
機体から降りると、すぐにターミナルへ移動するバスに乗りこむ。座席は運転席以外1つもない。薄暗い車内に詰め込まれ、送迎というより搬送って気分だ。もちろんここでは、送迎より搬送の方がワクワクするから良いんだけど。
バスは荒い運転で空港に到着。
さて。まずはビザを発行しなくてはいけない。エジプトでは事前にビザを用意していなくても、空港ですぐに発行することができる。
エスカレーターを上がり、小綺麗な渡り廊下を渡りきると、"観光ビザ"と記された場所を発見した。
厚いガラスで仕切られたカウンター内では、大量の札を1枚1枚数えているインテリ風な従業員と、その奥のデスクでタバコをくわえながら小説サイズの本を読んでいる小太りのおっさん。はは〜早速なんか胡散臭ぇな〜。とりあえず話しかけてみよう。
「ビザってここで貰えるんですか?」
インテリ「25ドルだ」
ほほう。ちなみに地球の歩き方には15ドルと書いてある。
「ここには15ドルって書いてあるけど?」
インテリ「2週間前にエジプトの通貨は暴落したんだ。為替もその本とは変わってるだろう。ほら、払わないなら入国できないぞ。」
ペラペラと札束を数えながら、片手間に会話してくる。てかなんやそのあからさまな嘘は。こんなとこで時間使いたくねえな。まさか空港で大金ぼったくられる訳もなかろう。と思い、仕方なく言われた額をポンとカウンターに出す。
「 わかった。はい、25ドル。」
しかし、インテリは無言でそれを受け取るやいなや、再びさっきの札束を数え始めた。
。。。。。
。。。ああそういう感じね。
とりあえず聞いてみよう。
「あ?で、ビザはどこ?」
インテリ「25ドルだ。」
はい予想通り。よくそんな澄まし顔で言えたもんだ。なんとなく、この国でどうやっていけば良いかもだいたい目処が立ってきた。もうこれは大きく出たもん勝ちだ。いち早くエジプトの街に飛び出したいのに、こんなとこでウジウジしてらんない。
よ〜し。まずはひと呼吸おいて...
「おい!とっととビザをよこせ!俺はたった今25ドル払ったぞ!早くしろ!!」
やべ、やりすぎたか。笑
いやけど、こうでもしないとスムーズに入国できそうもなかったし、こっちも必死だ。
すると、ずーっとだんまり決め込んでた後ろのおっさんが一瞬目を丸くした後、ゲラゲラと大笑いしはじめ、そのままインテリに向かってアラビア語で何か言いはじめた。おそらく内容は、
おっさん「はっは!今回は無理だったな!早くビザを渡してやれよ。」
インテリ「いやぁジャパニーズだぜ?いけるだろうよ普通。」
といった具合だろう。
インテリは何周数えたかわからない札束を机に投げ、引き出しから小さなビザのステッカーを出すと、さっきとは別人かのようなフランクな態度で丁寧にも俺のパスポートにそれを貼り付けてくれた。
インテリ「そこの二手に分かれてる列の右に並べ。さっきのは、ちょっとおちょくっただけだ。すまなかったな(笑)」
いやいや、なんだよその変わりよう(笑)俺がもっかい25ドル出したらぶん盗ってただろに。でもほら、もし本の通り15ドルなんだったら、俺はこの時点で既に10ドル騙し盗られてるってことだ。勘弁してくれい!
そんな感じでなんやかんや無事入国。荷物受け取りと両替をさっさと済ませた後、個室トイレにてバックパックの何箇所かに現金を分散させ、期待に胸を膨らませながら、少し早歩きで空港の出口へと向かった。
ようやく外へ出れたー。朝っぱらのエジプトの気温はこの時期の日本の日中と同じくらいだが、昼にはここからさらに15度ほど上がるらしい。
出口専用ゲート付近にごった返す人々の中を突っ切る。この時はっきりとわかったのは、エジプトでは日本人という民族がすごく珍しいんだなあと言うこと。飛行機を降りてからここに来るまで、かなりの数の視線を感じた。多少過敏に感じ取ってしまっている部分もあるかもしれないが、にしてもマジでめちゃくちゃ見てくる。見張られてるのか、面白がられてるのか、ナメられてるのか、まあなんにせよ地球に訪れたエイリアンになった気分だ。笑
とりあえず市内に出て、宿を探そう。荷物を預けて、早く砂漠を見に行きたい。
そのためにはまず市内までのバスが出ている、ここから約2キロ先のバスターミナルに行かなければならない。この暑さの中、自分がどれだけ歩けるかの確認も兼ねて、歩いてみるか〜。
そうして朝っぱらから大量の車がブンブン飛ばす車道の端っこの、誰一人歩いていないガタガタの狭い歩道を歩いてバスターミナルを目指す。
するとさっそく、車道側から「ヘイ、ジャパニーズ!」とデカイ声が聞こえてきた。こっちは初めて来た見たこともない国をのんびり散歩してる最中なのによ〜。
その後も、50メートル歩くたびに気づいたら隣にタクシー。みたいな感じだったけど、片っ端から断ってようやくバスターミナルへ。
しかし、市内へ向かうバスはたった今出発してしまい、次のバスが来るのは1時間半後とのこと。
いやー困った。明らかに歩いていけるような距離じゃない。さてどうしよう。と考えていたところに、たまたま同じ境遇で困っていた日本人旅行者のヨシムネくんに出会った。彼もまた俺と同じ学生バックパッカーだ。目星をつけていた宿がおおよそ同じだったため、彼と割り勘にしてタクシーに乗ることにした。
ガタイの良くてテンションの波が激しいおじさんが運転手のタクシーは都会の高速道路を猛スピードで駆け抜ける。乗る前に値段の交渉が成立しているにも関わらず、前を見ないで助手席の俺に、宗教がどうだの政府がどうだのと色んな角度から値段を上げようとしてくる運転手と、後部座席から「頼むから前を見て運転してくれ!」と嘆くヨシムネで車内はてんてこ舞い(笑)
高速道路両脇にはでっかいモスクや、鉄筋コンクリートの躯体に煉瓦の壁をあしらった高層住宅群、大勢のエジプト人歩行者たちによる見たこともない光景の連続。瞬きも惜しいくらいの目新しさに終始「すげえ!すげえ!」と声を上げてしまう。
午前7時30分 指定したタハリール広場に到着。
広場とはいえど、ここは各方面からの高速、地上道路が立体的に絡み合うインターチェンジのような場所。地図は手元にあるものの、カイロは通りが複雑に入り組んでいる上、人や車が大量に流れ、高層ビルがぎゅうぎゅうに林立している街だ。まさにカオスといった具合で最初は右も左も分からない。何とかヨシムネと目印らしきものを探しながら、ここから約1キロほどほど離れた宿に向かって歩き出した。
大通り沿いを歩いていると、ふとこういう小道が現れる。都会とは対照的な静けさの中、穏やかな現地の生活の空気がこっちまでふんわり溢れ出していて、出会うたび目的地を忘れて入ってしまいそうになる。こういうのは旅先での好物の1つだ。
中心街の建物は皆立派。この辺りの車道の横断の難しさは世界的にも有名だ。ただ、嘘みたいな話だけど、高校時代に友達と狂うほどやり込んだスマホアプリの「クロッシーロード」の感覚を頼りに渡り始めると、一瞬でどのルートが最適解か判断できて、こっちで出会う旅行者たちにも驚かれるほどスムーズに渡れた。(笑)(諸説あり)(真似しないでください)
ゲストハウス到着。
目的の宿があるビルの入り口。一瞬心配になるけど部屋は綺麗に保たれている。
らせん階段で5階まで上がり、目指していた宿に入る。重くて大きい扉を押して入るとそこは、狭くて薄暗いレセプション。奥の方にある半開きのドアの先にはタイルに囲まれた台所があり、そこから陽の光が差し込む。地上から5階離れるだけでとても静かだ。カウンター前のソファに見張り番だと思われる俺と同い年くらいの男性がぐっすり寝ている。起こすのも悪いなーと思ったが、周囲に人が見当たらなかったので、心を鬼にして寝ている彼を起こし、ここに1泊したいと言う旨を伝えた。すると彼は目をこすりながら、ポケットのスマホを出し、ぽちぽち操作して「ん。」と差し出してきた。きっと英語が話せないんだな。とりあえずそれを受け取ると、スマホから超カタコトの日本語が聞こえてきた。
スマホ「コニチワー!オキャクサン、ドシマシタカー!」
電話先の彼はここのオーナーらしい。ここの料金はドミトリーのみで1泊3ドル。共用のトイレ、水道付きで、シャワーはなんとお湯が出るらしい!何よりビル最上階の特権である、地上の喧騒から離れた静けさが気に入った。よし、今日はここで寝よう。
チェックインの時間まで荷物を預かってもらう事にして、とりあえず街に繰り出す。
時間はまだ午前9時ほどだったが、シーシャを吸うなりシャーイ(エジプト人の大好きな甘〜い紅茶)をすするなりして一回落ち着きたい。
なんて思いながら宿周辺のビル間を歩いてると、早くも後ろから声をかけられる。
ああ、また金目当てか。ついさっき到着したばかりの自分の心のガードは、まだどうしても下ろせずにいた。
が、、
実はこの出会いが今回の旅のとても重要な出来事であるのだ。
今思えば最初の彼の声のかけ方は、とても自然で、他とは違った何というか、すっとこちらの懐に入ってくるような柔らかさがあった。
おじさん「どこから来たんだい?」
「日本だよ。」
おじさん「へー。俺は大阪が大好きだよ。今日でこっちは何日目だい?」
「いや、ついさっき着いたばっかだよ」
もう先に紹介してしまおう。彼の名前はアリ。少し色白で、レイバンの濃いサングラスに半袖長ズボン、頭はピカピカのスキンヘッドという一見欧米人のような風貌をしている。学校で歴史と数学を教えている教師で、純エジプト人だ。
アリに「この辺で休憩できる場所ないかな?」と聞いたら、シーシャもシャーイもある野外カフェに連れていってくれた。ビルの間に立つ大木の下で心地よい木漏れ日を浴びながら日本からここまでの疲れを癒す。色んな話をしているうちに俺は、人懐っこくて、わざとらしくないアリを少しづつ好きになっていった。ここでのアリとの会話の中でとても印象に残っている言葉がある。
「こんな事を地元民のアリに言うのも変な話だけど、4時間前くらいにここに着いたもんだから、誰が嘘を言っていて、誰が本当のことをいってるのか分からないよ。」
アリ「そりゃあそうだ。けど、お前は目で見ることができるだろ?まともに耳で聞いてると痛い目見るから、しっかり目で見て判断するんだ。そうすれこの国が違って見えてくるだろうよ。」
確かにそうかもしれない。聞き慣れない言語から全ては汲み取れずとも、相手の目や表情で判断しようとする事はできる。なるほどね。そうして見るか。。。
そんな感じで30分ほど休憩し、席を立とうとしたところで、今度はアリからの質問。
アリ「ちなみにこの後は何か予定はあるのか?」
「あ〜。タクシーかなんかでピラミットに行こうと思ってるよ。」
アリ「そうか!もし良かったら、俺もそっちの方で用事があるから車で連れてってやるよ。乗馬の経験はあるか?俺の馬を貸してやる。とびきりでかいのをな。」
。。。いやいやそんなうまい話があるかね。
さっそく目で見て判断しろってか。
続く
彼がアリ